ライク・ア・ラブソング


“あなたのことを考えると、とりあえず窓ガラスにキスをしたくなります。なぜなら窓ガラスにあなたの顔が映っているように見えるからです。キスしたあとは窓ガラスを割りたくなります。なぜなら窓ガラスに映ったあなたの顔は偽物だからです。私を騙そうとする窓ガラスは割らねばなりません。しかし実際に割るわけにもいきません。なぜなら窓ガラスがないと虫が入ってくるからです。私は虫が嫌いです。足がいっぱいある時点で嫌いです。同じ理由でイカも嫌いです。タコも嫌いです。阿修羅も嫌いです。あなたが好きです。”


 郵便受けに届いていたラブレターを読んだ僕はひとまず気を落ち着けるために放屁した。役場が通知を出すために使うような茶色く飾りっけのない封筒には宛名がなく、送り主の名前もなかった。消印もない。どうやら直接僕のアパートまで来て投函しているようだ。なのに切手は貼ってある。当然ながら「いったい誰だ、こんなことすんの」と思った。そして時間差で漂ってきた異臭に鼻を曲がらせた。当然ながら「マンモス臭いなあ、誰だよこんなとこで屁ぇこいたの」と思った。「屁をこいたやつぶん殴る」と思った。数秒後、この部屋には僕以外ペットのハムスターしかいないことを思い出した。ハムスターは仰向けに倒れて左足を痙攣させていた。屁をこいたのは自分だ。僕は僕の右頬をぶん殴った。

 とりあえず僕は鼻血を止めるために天井を見上げ、「はくしにもどそうけんとうし」と小声で三回呟いた。そして手紙を読み返してみた。しかし文面は変わっていなかった。やはり差出人の彼女は阿修羅のことが嫌いで、僕のことが好きだった。間違いない、これはラブレターだ。女性からラブレターを貰ったことなんてこれまでの短くも長い人生で一回も経験したことのないので、果たしてどう反応していいものか迷った。ハムスターにご指導ご鞭撻を賜ろうとカゴのほうに向き直ってみたものの、彼(オスなのだ)は空を掴むように前足を挙げたまま失神している。

 自分で決めなければならない。この手紙に対し、どうリアクションをとるのか。差出人不明の手紙に返事を書くわけにはいかない。ならばどうするか。三つの選択肢がある。まず、「上半身だけ脱いで飛び上がって喜ぶ」。次に「下半身だけ脱いで飛び上がって喜ぶ」。最後に「マンモス全裸になって飛び上がって喜ぶ」。そう、僕に出来るのは脱ぐことくらいしかない。そんな不甲斐ない僕をラブレターの送り主はどうして好きになってくれたのか、疑問が浮かんでこなくもないが、気づけば僕は裸で、靴下だけ残して裸で、飛び上がって喜んでいた。


 やった! 俺は、ラブレターをもらったんだ!


 ようやく意識を取り戻したらしいハムスターがむくりと起き上がり、「チィー」と鳴いた。僕は靴下だけ残した全裸の状態でカゴに歩み寄り、「おい、俺ラブレター貰っちゃったぜ!」と自慢した。ハムスターは飼い主の、つまり僕の、最大限に露出された性器を見て歯切れよく失神した。ご主人様と喜びを共有できないとは、飼い甲斐のないハムスターだ。少しだけ落胆する。でも次の瞬間には負の感情は消え去っている。僕は大人の階段を昇ったのだ。もう子供ではないのだ。恋愛という美酒に酔っ払って前後不覚になったとしても文句は言われないのだ。

 どんな子だろう、と想像する。虫が嫌いで、イカが嫌いで、タコが嫌いで、阿修羅が嫌いで、僕のことは好きだと言う女の子。デートするときはわざとお寺に行こう。奈良の興福寺がいい。あそこの阿修羅は国宝ものだ。「キャッ、怖い、阿修羅マンモス怖い」なんて言って僕にすがりついてくる彼女。「大丈夫、僕が君を阿修羅から守る」なんて言ってしまったりなんかしてしまったりしちゃったりする僕。二人の恋のキューピッド、阿修羅。止まらない。もう止まらない。

 再び意識を取り戻したらしいハムスターが車をカラカラと回し始めた。僕はいつの間にか靴下すら脱ぎ捨てた状態、つまり完全裸になっていたのだけど、このままハムスターに話しかけるとまた彼が失神してしまうので、脱ぎ捨てた靴下を性器にすっぽりとかぶせた。そして「なあ、阿修羅カップルってなんかカッコよくないか?」と惚気た。ハムスターは飼い主の、つまり僕の、心もち天を衝く形状になっている靴下性器を見て即座に回し車から落下しそのまま失神した。僕は溜息をつく。ご主人様がこんなにも喜んでいるというのに、ペットがそんな体たらくでどうする。回し車を高速で回転させて喜びを表現するくらいのことはしてほしいものだ。今ここに回し車があったなら僕は回す。嬉しいからだ。嬉しさのあまり身体がひとりでに動いてしまうのだ。この気持ちを伝えたい。誰かに伝えたい。もうここまでくると身体を動かすだけじゃ物足りない。

 手紙を書こう。僕の気持ちをわかってもらうんだ。宛先なんて無くたって構わない。僕の住所だって書かなくても君は知っているはずだろう? そこらじゅうに手紙を出せば、大半の人には悪戯扱いされたとしても、君は、君だけはわかってくれる。僕の気持ちを正直に書くんだ。君のことを考えるだけで胸がどきどきする。窓ガラスに君の顔が映っているような気すらする。思わずキスしたくなる。キスしたあとガラスを割りたくなる。なぜってそこに君はいないからだ。人を騙すような窓ガラスは割れて当然だ。でも割らない。割ってしまったら君の嫌いな虫が僕の部屋に入り込んできてしまう。君の嫌がることだけはしたくない。君が好きだ。


LITTLE BUSTERS
「like a lovesong」 from 『LITTLE BUSTERS』
the pillows' 8th album.