15年という歳月

昨日紹介させていただいた山中さわおによる『TURN BACK』全曲解説の映像を懲りずに見まくってるんですが(言うまでもないですがピロウズファンは必見)、「キミと僕とお月様」という曲について、山中さわお自ら「このような曲はもう作れない」というようなことを言っていて、ちょっと複雑な思いに囚われてしまいました。「キミと僕とお月様」という曲では、「僕」と「キミ」――ひいては「僕」と「世界全体」との距離感や疎外感が物凄く赤裸々な言葉で表現されていて、落ち着いた曲調とのギャップもあり、僕の心に鋭く食い込んでくるモノがあるのですよ。そういう力のある曲を「もう作れない」、と。
もちろん22歳のさわおと35歳のさわおでは同じ感性を維持しろってほうが無茶だろうし、無理して感性をひん曲げてまであの頃の曲みたいなものを書いてもそれは嘘であって、いいものになるはずもないんです。それはわかってますよ。だから現在のピロウズが持つポジティブな方向性を否定する気は全くありません。山中さわおのやってきたことが認められてピロウズがいい環境にあるのは間違いないんです。間違いないんですけど、なんかね、「僕と同じような人間がいることもわかったし、それならそれで楽しくやっていこうと」みたいなことを言われると、ロックバンドとしてどうなのか、なんて思ってしまう。今の位置に満足しちゃってていいの? と。「安住」と言ってもいいかもしれない。安住なんかしてない、との反論はもちろんあるでしょう。山中さわおもそんなつもりで発言したわけじゃないのかもしれません(そう願いたい)。でも不遇の時代に彼らが持っていたとげとげしさみたいなものはもう戻ってくることはないのかなあ、と、ピロウズの成功を誰よりも祈りながらその一方でもう一回「あの頃に戻って」ほしいという気持ちもある複雑な心境なのでした。これは余談ですが、山中主宰のデリシャスレーベルも、なんか「外に発信する」というより「内輪で盛り上がる」みたいな雰囲気が感じられてしまって、正直不満――ああ僕ってひねくれものだ。喜ばしいことを素直に喜べない。でもたまには「対外試合」的位置づけのイベントライブもやってほしい。今のピロウズにはなんとなく「刺激」が足りないような気がするのです。