村上春樹『アフターダーク』

アフターダーク


村上春樹の新作長編(というか、僕の感覚でいうと“長めの中篇”)。近年の春樹長編に見られるミステリー的要素とでもいうのか、そういったストーリーを形作る上での小細工は無く、一日が終わってから始まるまで、約7時間にわたる出来事が淡々と記録されています。村上作品では定番ともいえる「一人称による語り」は使われておらず、「純粋な視点としてのカメラ」が場を「見る」形式。なかなか新鮮。文体的に見ても、現在形の多用(かなり意識してやったのだと思う)が、独特の流れを生み出していて――音楽でたとえるならば「スラー」といった感じ。センテンス同士が「スラー」によって控えめに繋がれている――、これまた新鮮。物語に出てくる人物達は、それぞれが深く関わって何かをするわけでもなく、同じ言葉の繰り返しになりますが、「淡々と」時間をやり過ごしていく。それでいて人物同士は微妙に繋がっていく。ストーリー的にも、文章的にも、この作品は「微妙」がキーワードになるのではないでしょうか。ネガティブな意味合いで使われることの多い言葉ですが、語彙が貧困な僕にはそれくらいしか見当たらない。
結論として言うと、『アフターダーク』は実験的な意味合いが濃い作品だと思います。これ一つで完全に完結(なんか『頭痛が痛い』的言い回しだな)しているわけではなく、これから展開される村上文学のプロトタイプとでもいうのでしょうか。面白かったですけど、満足はしていないです。さらなる膨らみ、“アフター”・アフターダークに期待します。