無題

母方の祖父が死んだ。もう前々から危険だとは聞かされていたので、大きなショックはない。タイミングの悪いことに父と母が訃報を受け取ったとき彼らは旅行中で、秋雨に濡れる京都で夫婦水入らず(まあ雨は降っていたのだけれど)の時間を過ごしていた。僕に電話を寄こしてきた母は、「まったく、最後まで人の邪魔をするんだから、あの爺さんは」と苦笑いしていた。「俺は行かなくていいの」と僕は訊ねた。「いいのよ、わたしが行くから」と母は即答した。父の死を悲しんでいる口調ではなかった。しかし無理もない。祖父が自力で立ち上がることができなくなってから数年、様々な事件が家族との間で起こり、母は長女としてそれらのいざこざを収拾することに尽力していたのだ。正直なところ、彼女は疲れてしまったのだろう。まだ実家でメシを喰らっていたころ、家族が寝静まった後も真っ暗なリビングルームで貧乏ゆすりをする母を僕は何度となく見てきた。単に洗い物をサボりたかった一心で貧乏なゆすりをしていたのかもしれないけど、とにかく母が色々と苦労していたのは事実なのだ。祖父――つまり一家の長が死ぬことで、家族はとりあえず平穏を取り戻した。そういう形の死というものもあるのだ。
何を子供じみたことをほざいておるのか、と怒られそうではあるが、ここで一つ言い訳をさせていただくと、僕はこれまでの23年間、会ったことのある親族の死というものに遭遇したことがなかったので、その辺の、なんというか「人の死がもたらす影響」というものを実感したことがなかった。実に恵まれている――恵まれているなんて言い方は変だけども――人生を送ってきたのだ。そんな僕が、祖父の死によって、いわば「初めての」経験をしたわけだけれど、人生観に何かしかの変化があったか、と問われると、ほとんど何もありません、と答えざるをえない。悲しくないのだ。祖父が死んだというのに、悲しいという感情が、まったく湧きあがってこないのだ。涙なんて流せるはずもない。感情と呼べるものは、「祖父が死んだというのになんで俺は漫画なんて読んでクスリと笑ったりしているんだ、馬鹿と違うか俺は」という、怒りにも似た、しかも自分本位の身勝手なものでしかない。
飛行機に乗るのが嫌だ、というくだらない理由で(気圧の変化で耳が滅茶苦茶痛む)僕は長らく実家に帰っていない。もう10年くらいになるだろうか。だから僕と祖父との交流の思い出なんて、数えるほどもない。祖父は元陸軍将校で、エリート気質丸出しの、「昔の人」を絵に描いたような人間で、孫である僕を前にしても一瞥すらせず、祖母に「メシはまだか!」と怒鳴りつけていた。たまにどこかへ連れてってもらったときも、行き先は地元の由緒ある神社で、石碑の漢字の書きとりを強制的にやらされ、「こんな字も書けないのか!」と怒鳴られるばかりだった。さすがにぶったたかれた記憶はないけれど、とにかく小学生のころの僕には近寄りがたい存在だったのだ。しかもいかついローマ法王みたいな顔面をしていたものだから(晩年はどうだったのか、当然ながら知らない)、とても自分と血のつながりのある人間だとは思えなかった。
そのような、子供の頃に一年に一回顔をあわせるだけの存在がこの世からいなくなったことで、それが祖父だとはいえど、悲しいと思えるだろうか。正直、思えない。しかし機械的に「待てよ、ここは悲しいと思うべきじゃないのか」と考える自分もいる。孫が埼玉からはるばる九州へやってきて嬉しくないわけがないし、神社での一件だって彼なりに僕を可愛がっていたのだろうし、ただ感情を表に出すのが苦手なだけだったんじゃないか。そのようなことを、今さら、祖父が死んでから、思う。そして複雑な気分になる。祖父の死自体がどうこうというのではなく、関連する「自分自身のこと」ばかり気にしているのだ。「悲しいと思うべきじゃないのか」、って何だそれは。こうやって今の気持ちをなんとか整理しようと文章化していても、「この雑記のタイトルはどうしようかな」などとふと思ったりする。馬鹿か僕は。
とにかく、僕は悲しみもしなければ涙も流さなかった。そのくせ「さようなら、ドラえもん」を読むといちいち涙を流したりする。感動的な物語によって生まれる涙や感情が価値のないものだなんて当然思わないけれど、ときどき自分がわからなくなる。僕は今後、本当の意味で悲しんだり涙を流すことができるのだろうか? 大げさかもしれないけど、そんな疑問が頭を離れてくれない。