L'etranger

コンビニというものはコンビニエンスなものでして、つまり便利なものでして、様々な人間が買い物に来ます。若者、人妻、爺様、婆様、幼女――人間観察をするだけで楽しめるくらい多様な人間が集まりますね。もちろん日本人だけでなく、異邦人の方々も来店します。今日はその異邦人のお話。異邦人といえば「きょう、ママンが死んだ」の書き出しで幕を開けるアルベール・カミュの小説が有名ですが、僕が今日接客した異邦人の方は、カミュ的に実存主義チックでアンニュイな雰囲気を醸し出している白人さんでした。意味がわかりませんね。まあとにかくことのほか色白で太陽の光を浴びたら「ママン…!」って呟きそうなタイプってことです。しかしフランス人ではありません。なぜフランス人だと思わないかというと、フランスパンを買わずにメロンパンを買ったからです(ものすごい浅知恵)。
とにかくその異邦人はメロンパンを持ってレジへ来て、「まいるどせぶんイッコ!」と言いました。日本に来る異邦人というものは大抵日本語を喋らずに母国語でごり押しする馬鹿ばかりでありますが、彼はきちんと日本語でモノを注文してくれたので、僕は笑顔で「はい、マイルドセブン一個ですね」と答え、ささっと俊敏にマイルドセブンをレジ登録しました。すると異邦人、「チガウ、まいるどせぶんイッコ!」と言うではありませんか。僕は手に取った煙草を眺めました。「MILD SEVEN」と書いてありました。「もしかしたらマイルドセブンライトのつもりだったのかな」と思った僕は、代わりの煙草を持って「これ?」と訊きました。すると異邦人、「コレチガウまいるどせぶんイッコー!」と読点を打つのを忘れてまくし立てる。これ違う、じゃあコレ? とマイルドセブンスーパーライトを差し出すと、「ダカーラチガウデスまいるどせぶんイッコ!」。店内の視線がレジ付近へ集まり始める。もしかしたらセブンスターかしらと思いそっちを見せてみると、異邦人、「んふン」となぜか艶かしく首を振る。そして再度「まいるどせぶんイッコー!」。
だんだん僕も異邦人の眉毛を燃やしたくなってくる。あと前髪を焙ってパンチパーマにしてやりたくなる。そして珍走団の集会へ放り込みたくなってくる。ヤンキーの集団に「ア!? “異邦人”かヨ? “特攻”(ぶっこ)むゼ…!?」と凄まれたこの異邦人はきっと腰をくねらせて「ママン!」って叫ぶはずだ。「ママンヘルプ!」とか言う。たぶん「プリーズ」もつける。そういう類の異邦人がいるのだ。そのような高尚な思索に僕がふけっていると、痺れを切らした異邦人はカウンター内に身を乗り出し、煙草が並んでいるケースへぐいと腕を伸ばして「コレ! コレクダサイ!」と強い調子で言った。彼の指の先を見てみると、「マイルドセブン ONE」があった。タールが1ミリで身体への害が少ないと思われている煙草だ。「これ?」と僕がいうと、「ソレ。まいるどせぶんイッコ」。と笑顔で異邦人。ここで合点がいく。どうやらこの異邦人は「ONE」という英単語を「一個」という日本語として短絡的に暗記していたらしい。「一個?」と訊くと、「イッコ、フタツ!」と言う。考えることに疲れた僕は無言でマイルドセブンワンを二個渡した。長々と書いたわりにはオチが弱くてごめんなさいと謝りたいところなのですが、まず日本語学校はもうちょっと実践的な日本語を教えてあげてください。それが異邦人のためになる。ひいては邦人のためにもなる。世界人類が平和になれる。ラブ・アンド・ピースな世の中が実現できるかどうかは日本語学校の手腕にかかっているのです。ピース。