メリーさんの非通知

今日は12月24日である。俗世間では天皇誕生日の翌日として知られており、国民総右翼国家である日本では、めでたい、これはめでたい、と、さながら江戸幕末に起こった乱痴気騒ぎの厭世運動のように、男女が組となっては夜な夜な布団に隠れ、「ええじゃないか、ええじゃないか」と乳繰り合い、もぞりもぞりとするらしい。江戸時代と違うのは、集団でそれを行うか、男女一組になって行うか、の違いでしかない。文明開化から一世紀あまり、結局のところ日本人の根元の部分は大して変わっていないようだ。僕はイギリス生まれの英国紳士であるので、そのような日本的作法になじめず、今日も今日とてブックオフに赴き、既に一度読んだことのある『ガラスの仮面』(紅天女編)を読破し、感動のあまり震え、ふとしたはずみで尿意を催し震えた。急いで家路に着き、放尿する。英国紳士のたしなみとして、「出先で尿意を感じたら一も二もなくホームへ帰れ」とある。僕はそれを実行したのだ。下着からまろび出た「それ」は、心なし西北西の方向を指していた。僕は自然と西北西を見た。鏡に映った自分と対峙する。鏡に映ったもう一人の僕は、僕を見ている。変な顔をしてみる。向こうの僕もそれを真似しておどける。ペロリと舌を出してみる。向こうもペロリと舌を出す。性器は尿を出す。「あ」、と、斜陽的な小さな叫びをあげるも時既に遅し、尿は正しく西北西の方角へ射出され、当然ながら便器にはかすりもせず、ユニットバスの隅に置いておいた洗剤類に、十分な尿素を浴びせかけた。僕はその様子を眺めていた。鏡の中の僕も、おそらく眺めていただろう。
携帯電話の着信音が鳴った。膀胱炎寸前まで我慢したすえに放たれた尿が床を打つリズムとそれは、奇妙に同調していた。ひととおり尿を放ち終えてから、僕は手を洗い、アンモニア分に富んだ洗剤類を一瞥し、ズボンのポケットから携帯電話を取り出した。画面には、「非通知」と表示されていた。室内に充満する尿の香りがそうさせるのだろうか、普段なら無視するであろう「非通知」の着信に、僕は応答しようとした。どこかで誰かが、僕と、繋がろうとしている。反響する着信音。今なら、英国紳士の僕も、日本の作法に、つまり「12月24日は他者と繋がるべき」という日本古来の風習に、適応できる気がする。気がする、というかできる。確信がある。既にそこまで「他者」は歩み寄ってきているのだ。今こそ僕が、足を踏み出すべき時なのだ。繋がることができたなら、初めて素直にあの言葉を口にしよう。12月24日に、他者と繋がった日本人が笑顔で掛け合う、あの、魔法の言葉を。



「あ、出た。母さんです。びっくりした? びっくりした? 「184」って電話番号の頭につけたら非通知にできるっていうサービスなんだって。非通知だったでしょ? 非通知だったでしょ? 非通知だったでしょ? なんで黙ってるのよ。非通知だったんでしょ? あれ、もしかして、あなたショータじゃないの? 遊びに来てるお友達? あら、あらいやだ、ごめんなさい、わたし母ですホホホホホ」



メリー・クリスマス。