交響組曲『ドラゴンクエストIII』そして伝説へ…


交響組曲「ドラゴンクエストIII」そして伝説へ…


ドラゴンクエストの音楽で一番好きなのは?」と質問されるとそりゃもう瞬時にして挙動不審になり、三島由紀夫金閣寺』の主人公もたじろくくらいのドモリっぷりで「ええええええ、あああの、ちょちょちょっと待ってください」と混乱してしまいます。つまりそれほど好きな曲が多いわけですね。一曲に絞れるはずがない。栗あん入りのドラ焼きと、こしあん入りのドラ焼きと、粒あん入りのドラ焼きと、白あん入りのドラ焼きを並べられて「さあ、どれか一個だけ選べ!」と強要されたときのドラえもんのように発狂すること火を見るが如しなのです。しかし、「ドラゴンクエストシリーズの中で一番好きな曲が多いのは?」と質問していただければ、僕はそれなりに断定口調で「ドラクエ3!」と答えることができます。
ジャケットを見てもらえればわかるように、この盤はスーパーファミコン版「3」がリメイクされた際に発売されたCDです。ファミコン版発売時にリリースされたカセットテープ(!)の方は持っているんですが、こちらは今までスルーしていました。「だって、結局同じ曲だしなあ」などと甘い考えを持っていたのです。僕が馬鹿でした。すぎやまこういちファンとして、ドラクエミュージックファンとして、風上にも置けぬ奴でした。僕は素晴らしい音楽に出会ったときに、いつも決まって小便を漏らしそうになるのですが、この交響組曲を聴いたときも、必然的に、運命的に、漏れました。名盤です。
ファミコン発売時のものと何が違うのか?」という疑問が頭に浮かんだ方もいらっしゃることでしょう。一番の違いは、演奏者が違うことです。発売元がアポロンからソニーへ移ったせいかどうかはわかりませんが、オーケストラがNHK交響楽団からロンドン・フィルハーモニー管弦楽団に変わっています。これは非常に重要です。実際に聴けばおわかりになると思うのですが、演奏楽団が違うだけで、こうも違うのか、とビックリできます。これは僕の完全なる主観なのですが、N響は「カッチリと、しかし力強い演奏」で、ロンドンフィルは「艶やかで、なめらかな演奏」というふうに、かなり毛色が違って聴こえました。どちらが優れているかとかそういう問題じゃなく、それぞれに個性があるということです。
とにかくロンドンフィルの演奏は色っぽい。クラシックには疎いので具体的にどこがN響と違うのか、などはさっぱりわかりませんけれど、ドラゴンクエスト3の音楽の持つドラマチック性に、ロンドンフィルというオーケストラはこれ以上なくマッチしているように思えます。特に僕が心惹かれたのは、弦楽器。M-1「ロトのテーマ」(誰でも知ってるドラクエのテーマです)での美しく力強いスラー、M-3「王宮のロンド」(城の音楽)での緩急を使い分けた弦の絶妙な応酬、M-8「鎮魂歌〜ほこら」の厳粛さ、どれをとっても素敵です。「素敵です」だなんて頭の悪い感想ですが、まあしょうがない。どうしようもなく感情を揺さぶられてしまい、まともな言葉が書けなくなっちゃうんですよ。
もちろん管楽器だって負けてはいません。ドラクエ史上屈指の名曲M-10「おおぞらをとぶ」(ラーミアの音楽)の冒頭で聴けるオーボエ(だと思う)の儚げなソロ、これだけで飯を数杯平らげられる。中盤のソロも情感たっぷり。でもこれは演奏者の凄さというよりも、曲自体の良さに拠るところが大きいかもしれません。ファミコン時代は三和音かそこらで表現できるような曲を作らなければならず、どうしたってメロディアスになるしかないわけですが、この「おおぞらをとぶ」はその難題を見事にクリアしてます。勇者を背に乗せ、巨悪の野望を打ち砕かんと空を翔る不死鳥ラーミア。これほど、その情景がメロディーだけで伝わってくる曲があろうか。いやない。断固ない。オーボエ萌える。
そして圧巻がM-14「そして伝説へ」(エンディング音楽)。これはもう、感想とか評とか安易に書いていいようなものじゃない。ただ圧倒されます。主旋律の持つ勇ましさと力強さ、押すとこは押して引くとこは引く見事は曲展開。ロンドンフィルの持つ(僕個人の見解なんですが)優雅さ、叙情性、ドラマ性、全てが集約されています。間違いなくベスト・トラック。ゲームをプレイしたことのある人はもちろん、「ドラクエって何?」って人まで、幅広く受け入れられるであろう、普遍的な名曲。聴くたびに涙腺が刺激されます。これが三分足らずの曲だとは、ほんとすぎやまこういち先生は神です。
残念な点をあえて挙げるとすれば、ところどころで、演奏のズレが見受けられるあたりでしょうか。まあこれはしょうがないかもしれません。ロンドンフィルほどのオーケストラともなれば多忙も多忙でしょうし、あまりリハーサルに割く時間が取れなかったとも考えられます。おそらく初見に近い状態で合わせたのではないでしょうか。「ドラクエ」というゲームに思い入れもないでしょうしね。しかしそれでも、全体的には文句なしの素晴らしい演奏。いいもん聴かせてくださってありがとうございます。感謝ですよ。