ふぞろいの陰毛たち

アリジゴクの巣にダイエットペプシを流しながら微ほくそ笑むのはあまりいい趣味とはいえないわね、と先生に怒られた。若くて、綺麗で、スマートで、おしとやかで、きらびやかで、つまびらかで、学校のみんなはその先生に憧れていた。当然、僕だってそうだ。つまびらかに憧れていた。夜な夜な憧れ、日に日に憧れ、わらわら憧れ、ひりひり憧れ、とにかく全身で先生に憧れていた。そんな先生に僕の秘密の現場を見つかってしまい、怒られてしまったのだ。僕は明日からどうすればいいのだろう。しかも怒られたことで興奮したせいか、ついつい、「せ、先生、ぼく、ずっと前から、先生のことを、つまびらかに好きでした!」と告白してしまったのだ。ああ! いくら気が動転していたからといって、ずっと秘めたままにしておくつもりだった僕の想いを、あろうことか本人に、あろうことか僕自身が、あろうことか暴露してしまったのだ! 今思い出しても顔筋が緊張で初期微動を始めてしまう。国語教師である彼女は、「よしおくん」と微笑んで、僕のまつ毛を三、四本優しく抜き去り、「つまびらか、という言葉は、こういう時には使わないものよ」と言った。「こ、こういうときって、どどどど」
「落ち着いて」
落ち着けるはずがない。既に混乱してダイエットペプシを己のブリーフ・パンツの中に注ぎ込んでしまっている。みるみるうちに琥珀色に染まるブリーフ・パンツ。琥珀色のブリーフ・パンツ。ブリーフ・パンツは琥珀色。なんか詩的だ。先生だったらどんな詩にするだろう。ブリーフ・パンツとつまびらかな先生。似ても似つかないその組み合わせが、なぜか僕にはとても近しい存在のように思えた。そして同時に、僕も先生に近づけたような気持ちになった。嬉しさが膀胱を緩め、僕のブリーフ・パンツが、ダイエットペプシとは別の、少々含蓄に富んだ液体で控えめに濡れる。僕は多少落ち着いた。
「よしおくん、下の毛は生えた?」
「けっ、けけけけっ、けけけけ毛ぇ?」僕は再び錯乱して膀胱を緩めた。
「その様子だと、まだちょっとしか生えてないみたいね。ううん、いいの、キミくらいの年頃だったら、それが普通なのよ」
先生はついさっき抜いた僕のまつ毛を指先でしばし弄んでから、ふっ、と息をかけた。まつ毛がつまびらかに舞う。いや、“こういう時”は、つまびらかという言葉を使わないんだ。あの先生がそう言うんだから、きっとそうなのだろう。僕の視線はまつ毛を追った。目の焦点が空を舞うまつ毛に集中する。先生の顔が少しぼやける。綺麗だ、と思う。
「よしおくんが私のことを好きだと言ってくれるのは、とても嬉しいわ」
風が木々の葉を撫であげる音が後ろのほうから聴こえる。
「でもね、私はキミのことをまだ男性としては見れないの」
「せ、先生、ぼぼ僕は」
先生はただ頷いて、僕の言葉の続きを制した。
「いつか下の毛がきちんと生え揃ったら、またキミの気持ちを聞かせて。その時になったら、きっと私はキミの気持ちに応えられると思うから」
さ、休み時間が終わるわ。そう言って、先生は僕の頭にぽんと手を置いた。次は私の授業だから、サボリは許さないわよ。はっ、はい。僕が返事をすると、先生はにっこりと笑った。やっぱり綺麗で、胸がつまびらかに高鳴った。いつか僕が、今、こうして感じている心の鼓動を、“つまびらか”という言葉を使わずに表現できたら、先生は僕のことを見てくれるのだろうか。先生の背中が小さくなっていく。僕は動けずに立ちつくしている。チャイムが鳴る。僕は琥珀色のブリーフ・パンツに手を突っ込んで、未だにふぞろいの陰毛を二、三本抜いた。指先でしばし弄り、吹く。陰毛が舞う。先生の笑顔が、少しだけぼやけた状態で、目の隅っこのあたりに映った。