『デトロイト・メタル・シティ』若杉公徳


デトロイト・メタル・シティ (1) (JETS COMICS (246))


「殺害」をアルファベット表記にしただけで何故こんなにも笑えるのか?
今の大学生は幸福である。なぜなら上記の題目で卒業論文を書けるからだ。今の高校生も幸福である。なぜなら上記の題目で読書感想文を書けるからだ。今の中学生もまた幸福である。なぜなら上記の題目で自由研究をかませるからだ。今の小学生も当然幸福である。なぜなら上記の文句で学級新聞の一面を飾れるからだ。もちろん学生以外も幸福である。とにかく爆笑できるからだ。「殺害」と「SATSUGAI」。忌み嫌われるはずの言葉が、ちょっとしたさじ加減ひとつで人々を楽しませるエンターテイメント・ツールに成り得る。つくづく、漫画とは偉大な文化だ。
デトロイト・メタル・シティ』は、これまでありそうでなかった、デスメタルを題材にしたギャグ漫画である。メタルという音楽ジャンルの一部層に見られる「真顔のボケ」もしくは「真面目にあさっての方向」の傾向をコミカルに、しかし的確に捉えている。とにかく面白い。そして笑える。新鮮、フレッシュ、君よフレッシュだ。しかしそれらの一言で終わらせることはあまりにも簡単だ。なぜ面白いのか? なぜ笑えるのか? なぜ君よフレッシュなのか? 考えてみることは無駄ではあるまい。
僕の心をまず最初に、そして最高に捉えたのは作中に乱舞する日本語である。衝撃を受けた、と言っても過言ではあるまい。作中バンド「DMC*1」の曲で歌われる歌詞をはじめ、観衆の反応、まれに登場する一般人のマイペースな言葉(この作品で描かれる一般人はほぼ全員が超マイペースである)などなど、とにかく日本語がキレキレである。切れ味抜群である。一部、文脈を無視して抜粋しよう。

俺は地獄のテロリスト
昨日は母さん犯したぜ
今日は父さんほってやる
殺害せよ殺害せよ

【タンバリン】
子供でも扱える簡単な打楽器。犯すとパンパンときれいな鈴の音が鳴る。

「オロロロ オロオロ オロロロ〜〜〜〜〜〜」

うおお 一曲目から“ファッキンガム宮殿”だぁ〜〜〜〜〜〜〜

うおおお〜〜〜クラウザーさんが0.5ファック勝ったぞ

「貴様に俺がSATSUGAIできるかな」


決して突飛な言い回しをしているわけではない。無闇にシュールを狙ってもいない。直球だ。その日本語を見ることで、深く考えずストレートに笑える。これは凄いことだ。「殺すぞこの野郎!」が「殺害するぞこの野郎!」になるだけで微笑ましい一文になるとは、日本語がもつ可能性の深淵に眩暈すらおこしてしまう。最初に引用したのが「DMC」の曲「SATSUGAI」の歌詞であるが、数十個の音声が折り重なって奏でるこの見事なリズムを見よ。紙の上でしか存在しないはずのバンドが今まさに眼前で演奏しているかのようではないか。おそらく作者はかなりの音楽ファンであろう。ロック・ミュージックにおける言葉の大切さを深く理解している。引用したもの以外にも秀逸な歌詞はゴロゴロ転がっている。インターネット殺人事件さん(http://internet.kill.jp/d/200605.html#d31_t1)でも触れられている以下の歌詞はレベルが高すぎて最早ファックである。

おれは生まれついての殺人鬼
生まれた瞬間産婆を殺った
ついでに殺られた親父が叫ぶ
ギャ〜 なぜ生まれてきやがったー (ギャ〜 なぜ生まれてきやがったー)
駆けつけ殺られた警官叫ぶ
ギャ〜 なぜ生まれてきやがったー (ギャ〜 なぜ生まれてきやがったー)

音楽が鳴る。僕の頭の中で音楽が鳴る。鋭いギターリフが、猛々しいバスドラムが、意思を持ったベースラインが、甲高いメタル声が、鳴り響く。これほどの力を持った日本語を目にする機会はそうそうない。詩壇でぬるま湯につかっている詩人は刮目すべきだろう。逆にこれを読んで何も感じない詩人は即座にその筆を投げ捨て、エビの天ぷらを食べつつ森永コーラスウォーターを飲むべきだ(僕の経験では高い確率で腹を壊す)。若杉氏の繰り出す日本語はもはや文学である。谷川俊太郎賞というものがもしあるのなら、満場一致で受賞させるべきだろう。若杉氏には谷川俊太郎の域を目指してこれからも邁進してほしい。
その谷川氏による詩を引用して、今日のところは終わりにしようと思う*2

「なんでもおまんこ」


なんでもおまんこなんだよ
あっちに見えてるうぶ毛の生えた丘だってそうだよ
やれたらやりてえんだよ
おれ空に背がとどくほどでっかくなれねえかな
すっぱだかの巨人だよ
でもそうなったら空とやっちゃうかもしれねえな
空だって色っぽいよお
晴れてたって曇ってたってぞくぞくするぜ
空なんか抱いたらおれすぐいっちゃうよ
どうにかしてくれよ
そこに咲いてるその花とだってやりてえよ
形があれに似てるなんてそんなせこい話じゃねえよ
花ん中へ入っていきたくってしょうがねえよ
あれだけ入れるんじゃねえよお
ちっこくなってからだごとぐりぐり入っていくんだよお
どこ行くと思う?
わかるはずねえだろそんなこと
蜂がうらやましいよお
ああたまんねえ
風が吹いてくるよお
風とはもうやってるも同然だよ
頼みもしないのにさわってくるんだ
そよそよそよそようまいんだよさわりかたが
女なんかめじゃねえよお
ああもう毛が立っちゃう
どうしてくれるんだよお
おれのからだ おれの気持ち 溶けてなくなっちゃいそうだよ
おれ地面掘るよ 土の匂いだよ
水もじゅくじゅく湧いてくるよ おれに土かけてくれよお
草も葉っぱも虫もいっしょくたによお
でもこれじゃまるで死んだみたいだなあ笑っちゃうよ
おれ死にてえのかなあ

*1:デトロイト・メタル・シティ

*2:このエントリーは真面目に読むべきものではない