雨がやめば地球儀屋が儲かる

バイトが終わって家に着いたよさあ窓を開けましょう。労働で疲れた僕を癒してくれるのは爽やかな風だ。ちょうど雨がやんだし具合が良い。グッド・モーニングは一陣の風とともに。うむ、健やかだ。マツケンサンバのような足取りで窓へ近づく。うむ、松平健やかだ。出窓んとこに腕を伸ばす僕、うむ、その姿はさながらバレリーナのように優雅である。さあ優雅に窓の鍵を外そう。おっと、ベッドが邪魔でちょっと手が届かないな。もっと優雅らねばならぬ。モア・ミヤビらねばならぬ。そう、アン・ドゥ・トロワ、アン・ドゥ・トロガッ。トロガッ? ガッて何の音? そしてこの、ちと爽やかすぎる香り――ああ、ああ、お部屋の消臭元、あなたは何故、泣いているの。何故、そんなにも大量の涙を流しているの。それはもちろん僕の腕が当たって消臭元が倒れたからでした。みるみるうちに極めてハーブの匂いが強い部屋へと変貌をとげる六畳1DK。家賃は管理費込みで4万円。もちろん床にもこぼれる彼の涙。もちろん座布団に染み込む彼の涙。そんなに泣くんじゃない。男だったらぐっと我慢するんだ。今日は強い雨が降った。世界のどこかでも雨が降っていることだろう。にもかかわらず僕らの大地がなぜ水没してしまわないか知ってるかい。それは地上で生きる人々が、日々のブルースにもめげず涙をこらえているからだ。目尻を食いしばって耐えているからだ。なにせ60億もの人間が生きているのだ。皆が皆、些細なことで涙を流していたら、すぐに地球の表面は水で覆われてしまって、きっと地球儀は水色の絵の具と「太平洋」の一文字で完成してしまう。それじゃ駄目なんだ。地球儀屋さんが儲からないんだ。儲からないから泣いてしまう。負の連鎖だ。負パイラルだ。だからそれ以上泣いて床に置きっぱなしにしていた僕の漫画をハーブ色に染めたらいけない。僕だって強い人間じゃないんだ。どちらかといったら弱い人間だ。でも僕は下を見ない。この雨上がりの青空を見逃さない。そうやって人間は弱さを克服してきた。ねえお部屋の消臭元、僕が窓を開けて君に光を見せてあげる。顔をあげて。ほら、開けるよ?
また大雨になってました。