『ハッピーバースデイ・オーケストラ』委託販売のお知らせ

ご無沙汰しております。本の通販をします! と更新をしてから音沙汰がなくて申し訳ありません。近日中に必ずお知らせはしますので、もうちょっとだけ待っていただけると嬉しいです。
さて、僕の同人誌『ハッピーバースデイ・オーケストラ』ですが、今週末に行われるコミックマーケットで、知人のブースに委託させてもらえることになりました。創作小説とは一切関係ないジャンルのサークルさんなのですが、「コミケ行くよ!」って方はついでに覗いていただいて、あわよくば買っていただけると飛び上がって喜びます。僕のような変人に個人情報を渡して通販するのはちょっと不安、っていう方も、気楽に手にとっていただけると思います。
日にち、場所、サークル名は「日曜-東-ラ-60a 大黒堂」です(詳細・http://www.tinami.com/view/461864)。8月12日ってことですね。その日ヒマだったら僕もサークルのお手伝いがてら顔を出そうと思っていたのですが、不運にも夢の島でイエローマジックされに行く日とかぶってしまいました。というわけで僕は当日存在しませんが、お話好きな明るいおじさんが売り子をやっているはずですので、「この人の本買わないのに、なんか悪いなあ」なんて思う必要はありません。ガンガン「ピロプレの〜」とか「ミカヂリの〜」みたいな感じでアタックしてみてください。もちろん、大黒堂さんの本もオススメですよ。僕は読んだことないですけど(笑)、『リリカルなのは』同人界隈では結構な評判のようです。元作品に興味があるならぜひ。
10冊ほど持って行ってもらうつもりですが、なんかまかり間違って売り切れるなんてことがあるかもしれません。お取り置きも承っていますので、遠慮なくどうぞ。
s.mikadiriアットgmail.com(アットを@に変えてください)か、Twitterの@mikadiriまで。お名前と冊数を(1冊だよなあ・笑)お知らせいただければ、キープさせていただきます。
暑い日が続きますが、皆さん僕みたいに裸で過ごしてカーテン閉め忘れてましたってことがないようにしてくださいね。ではでは。


追記・肝心の本の情報を忘れていました。『ハッピーバースデイ・オーケストラ』というタイトルで、僕が今までにウェブで発表した短い小説から、自分がスキな作品をまとめた本です。新作2編を含む全35編。164ページの文庫サイズで、お値段は800円となっております。内容には自信があります。僕の文章がもし好きであったら、持ってて損は絶対にないと言い切れます。よろしくー。

文学フリマ、無事終了しました&通販しますのお知らせ

報告が遅くなりました。去る5月6日に行われた文学フリマにご来場くださった皆様、ありがとうございました。オフレポのようなものを書こうと思っていたのですが、主に僕はブースで硬直→喫煙所で一服を繰り返すだけのマシーンとなっていたので、特筆すべきことがありません。ブースの写真すら撮っていないという有様で、いかに僕がナチュラルにテンパっていたかがおわかりになっていただけますでしょうか。生来人見知りなものですから、周りのサークルさんと交流できるはずもなく、せっかくブースへ訪れてくださった方、そして僕の本を買って下さった方にも「ありがとうございます」を言うのが精一杯で、もしこの「冷蔵庫のない生活」という長文垂れ流しブログをお読みであれば、「ああ、こやつはキーボードを叩くときだけ饒舌なのだな」と感じられたのではないかと思います。そうなのです、僕はヒト科小室哲哉属の生き物なので、キーボードがないと如何ともし難い物体なのであります。そのような僕に「いつも読んでます」と声をかけてくださった人の暖かさといったら! 本当にありがとうございました。いまは感謝、感謝、それでいっぱいです。
さて、今後のお話です。お陰様で自分の予想よりも多くの本が巣立っていったのですけれど、まだ在庫はたくさんあります。いくらゴールデン・ウイーク中のイベントとはいえ、用事があったり、遠方にお住みだったりで来れなかったという方も多かったのではないかと思います。全国の14歳女子が「わたしもミカヂリさんの本欲しい、ついでにミカヂリさんの肉体をや」と悶々しているさまは容易に想像できます。そんな彼女らを放置しておけようか。というわけで、僕の処女作品集『ハッピーバースデイ・オーケストラ』、全国の皆様にお届けできるよう、通販をすることに決めました。自分で言うのもなんですが、いい本です。できるだけ多くの人に読んでほしい。多くの人に笑顔になってほしい。微力ながら、日々を少しだけカラフルにしたいのです。
書店委託という形になるか、メールをやりとりしての取引にするかは今検討中です。あまり日を置かずにこのサイトで詳細を発表できるようにします。なにぶん同人活動に関することは全てが初めてなので、どうするのがベストなのか、なかなか見えてこないものでして。ご迷惑をおかけします。今しばらくのあいだ、お待ちください。

 いままでに書いた小説をまとめた同人誌出します!

ごぶさたしております、皆様の恋人ミカヂリです。今日はお知らせがあります。5月6日に行われる「文学フリマ」という同人誌即売会に、本を作って参加いたします。インディーズデビューです! 

開催日 2012年5月6日(日)
開催時間 11:00〜16:00
会場  東京流通センター 第二展示場(E・Fホール)
アクセス 東京モノレール流通センター駅」徒歩1分
一般参加方法 入場無料・どなたでもご来場いただけます
(サークルカタログ無料配布、なくなり次第終了)


(表紙・クリックで拡大)
タイトル 『ハッピーバースデイ・オーケストラ』
概要 164ページ、文庫サイズ
価格 800円
サークル名・スペース番号「Pillows&Prayers」イ-32

『ハッピーバースデイ・オーケストラ』という本です。「思春期と尿意と素晴らしきこの世界」「タイニー・ボート」など、今までネットで発表してきた作品から厳選したものに、表題作含む完全新作2編を加えた、全35編・164ページの文庫本です。原稿を確認していて自分でも「濃いなあ」と思ったくらいに詰め込みました。同人誌ということで、お値段は800円と少し高めになってしまうのですが、後悔させない内容になったと思っています。楽しいときにはより楽しく、疲れたときには元気が出る、そんな本を目指しました。
文学フリマ」っていうと堅苦しいイメージがありますが、僕が参加してる時点でゆる〜いもんだと思います。初参加なので実際の雰囲気はわからないのですけれど。たぶんゆる〜いです。僕が履き古したパンツのゴムのように。ゴールデンウイークの最終日、東京流通センターで僕と握手! お暇でしたらぜひご来場ください。僕がとても喜びます。


何かわからないこと、僕に質問などがあれば、
spiky_goose@msn.com か Twitter(@mikadiri)まで
遠慮なく聞いてください。よろしくおねがいします!

聖夜と青年

実家を出て一人暮らしを始めてから、どういうわけか僕のもとにサンタクロースが来なくなった。それまではイブの夜に寝るだけで、翌朝きちんと僕の欲しいものが枕元に置かれていたというのに、働き始めて自立の道をゆっくりながらも歩きはじめた途端、クリスマス・イブの夜はただの12月24日に、クリスマス本番は何の変哲もない12月25日になってしまった。はじめはサンタクロースのミスだと思った。世界中の人間にプレゼントを配るのだから、一人や二人忘れてしまっても仕方がない。しかしそれが続いてしまうと、偶然では片付けられなくなる。サンタクロースは僕を忘れてしまったのか。引越しするときにきちんと住所変更したのに書類が届かなかったのか。役所に行って確認もした。「サンタさんに僕の住所は伝わっていますか」。対応した職員は何も言わずにこやかに笑った。伝わっているのだろう。我々の仕事に不備はない、という顔だった。友人には相談出来なかった。サンタクロースが来ないんだ、なんて、恥ずかしくてとても言えない。第2次性徴期に身体の変化に悩む女の子の気持ちがわかったような気がした。

僕ひとりでなんとかするほかない。そう決意し、今年は夏から準備を重ねてきた。窓にカラースプレーで「僕 is Here」と書き、視認性を向上した。これで僕の家をサンタが見逃すことはない。日頃から靴下を枕元に置いた。一足では不安なので色とりどりの靴下を量販店で大量購入してベッドにばらまいた。クリスマスツリーも一ヶ月前倒しで飾り付け、そこにも靴下をばらまいた。12月に入ってからは窓に七面鳥の絵も追加した。七面鳥がどんな姿なのかよくわからなかったので、字面にしたがって七つの顔面を持つ鳥を描いた。大家さんに胸ぐらをつかまれた。それでも僕はきたるべき日のために準備を怠らなかった。

そして迎えた今日、イブ当日である。やるべきことは全てやった。「サンタが街にやってくる」のエンドレス再生もセット済みだ。フルボリュームで歌を流しておけば、老齢のサンタクロースといえど聞き漏らすまい。あとはベッドに入って眠るだけ。それでも不安が残っていた。心につかえがある。きっこえって、くっるでっしょ、すずのっねっがっすぐそこにっ。聞こえてこない。心臓の鼓動が早くなる。今年もやっぱり駄目なんじゃないか? サンタクロースはプレゼントを届けてくれないんじゃないか? トナカイの餌もばらまいておくべきだったんじゃないか? 今からトナカイ屋に行っても間に合わない。ネガティブな思考ばかりが浮かび、僕の頭の中をぐるぐると回る。気づけば僕は両手を組み、目を閉じていた。「お願いです」、心の中でつぶやく。「サンタさん、僕のもとへやってきてください」――自然と僕は、床にひざまずいて――はっ、と気づく。

ひざまずく? ひざまづく? ず? づ?

さぁあなたっからっ、メリクリスマス、わったしっかっらっメリクリスマス。メロディーは楽しげに続く。両手は既に胸の前で組まれている。目も閉じた。あとは膝を床につければ、滞りなく祈りの体勢を形作れるはずなのだ。祈り。すがるもののない僕に残された最後の手段だ。しかし「ず」と「づ」のわずかな違いが僕をためらわせる。ひざま「ず」いてお祈りして、もし願いが届かなかったら。ぶるりと身体がふるえる。こういった神聖な儀式に、一文字の差異は大きく影響するはずだ。翌朝、サンタクロース来訪の痕跡がない部屋を見て「ああ、『づ』だった!」と後悔しても遅い。その逆も然り。「ず」か「づ」、どちらか正しい方を選択しなければならぬ。膝を「つく」のだから、「まづく」ではないか? だとしたら「ま」は何だ? 魔? 聖夜には相応しくない文字だ。じゃあ「まずく」? 膝の美味しさが祈りにどう関係しているのだ。答えが出ない。どうすればいい? 教えてくれる人はどこにもいない。大量の靴下だけが僕を無言で見つめている。「ず」と「づ」がまぶたの裏に浮かび上がっては消えていく。ずづずづ、と僕は底なし沼にはまっていく。

ピンポーン、とチャイムが鳴る。目を開く。光が眼球を包み込む。ああ、サンタ! 床に散らばっている靴下を一足拾い上げて僕は玄関に走りだす。ああ、サンタクロースイズカミントゥータウン! ずとづはもう消えている。ようやく僕のもとにサンタがやってきたのだ! 「ウェルカムトゥー僕!」ドアを勢い良く開ける。額に青筋を立てた大家さんが夜中にうるせえんだよこの野郎的な言葉とともに僕を勢い良く張り倒す。夜空の星と星とのあいだに一筋の雲が浮かんでいる。それはまるで彼が乗るそりの軌跡のように、僕には見える。

ここでのご挨拶を忘れていました。しばらくネット上で長い文章は書かないことにしました。そもそも年に数えるほどしか更新していませんけれど。でも、もしかしたら、わたしの愛しのid:mikadiriさん元気かしら、しこたま壮健かしら、といった感じで、僕の生態を確認するためにここを開いている14歳以下の女子がいないとも限りません。4月を最後に音沙汰がない様子を見て悲しんでいるかもしれない。耐えがたい! じつに不憫だ! そのような14歳女子のためにも、こうして「小休止」のご報告をさせていただいております。かわりと言ってはなんですが、Twitterでは相変わらずな感じでつぶやきを放っておりますので、14歳以下の女子の方は、ふるってごフォローください。14歳以上の女子の方も、ごフォローいただいていっこうにかまいません。男? ハハ。
なんかの拍子でまた更新を始めるかもしれませんが、その「なんかの拍子」が聞こえるまでしばしのあいだ、さようなら。失礼します。

http://twitter.com/#!/mikadiri

ショートホープを口にくわえて

全身鏡には格好いい男が映っている。細身だ。無駄な贅肉がない。かといって、痩せているわけでもない。筋肉はつくべきところにつくべき量が、一流ホテルの調度みたいにきちんと備わっている。両手を腰におき、堂々たるポーズだ。ポーズというよりポオズと表記したほうが、より実情に沿っているかもしれない。アーティスティックと言ってもいい出で立ちだ。フ、と一息ついてから、ゆっくりと両手をあげてバンザイの姿勢をとる。そして「ハッ!」。クロス。両手をクロス。胸の前でクロス。指は十本、ピシイと伸ばす。ついでに足も交差する。ルネッサンス期の彫刻家がもし目の前にいたら、アワワワワと泡を吹き出さんばかりに衝撃をうけて我先にとノミを手に大理石を彫り始めてしまいそうなほど一分の隙もない。存在が芸術。それは誰か。僕だ。鏡の前でフとかハとか言っている僕だ。朝起きて、何よりも先に僕は僕の姿を見る。パジャマを脱いで見る。パジャマ脱いだらもうパンツも脱ぐ。全裸で鏡の前に立つ。格好よさを再確認する。日課だ。友達との待ち合わせの時間はとうに過ぎていて、携帯電話にはその友達からの着信がいくつも残っているけれども日課だ。欠かすわけにはいかない。控えめに頭を見せる下半身の卑猥な部分も、僕から生えていれば汚らわしい存在ではない。ギリシャ彫刻を見て誰も「イヤー!」とか「キャ!」とか言わないように、僕の珍宝はただ、そこにあるべくしてある。

「あるべくしてあるじゃねーよ馬鹿か」

友人は長く伸びた人差し指の爪でとりあえず僕のまぶたを突いた。待ち合わせ場所として有名な犬の像の前で僕は痛みにもんどりうった。ごめんを言う余裕もない。「そこにあるべくしてある。というわけで遅れてごめん」と謝罪するつもりだったのに、せっかちすぎる。たかだが1時間32分遅れたくらいで、爪をまぶたに刺すか。僕なら刺さない。サッと髪をかきあげ、歯をしこたま光らせてから、「駄目じゃないか、1時間32分も待ち合わせに遅れたら」と言って指を目ん玉にぶっ刺すくらいですませてやる。あ、刺すなこりゃ。友人の怒り具合がわかったところでまぶたの痛みがひいてきた。立ち上がろうとしたら今度は頭頂部にチョップ。これはたまらない。起き上がろうとする僕の下から上への力、振り下ろされるチョップの上から下への力。素晴らしいタイミングだ。僕は顔面から地面に激突した。これにはさすがに他の待ち合わせビトたちも何事かと騒ぎ始める。注目を集めることには慣れている。なにせ僕は格好いい人間だ。しかしコンクリートとキスをしている状態で人目にさらされるのは本意ではない。どうにかしてスマートに、スマアトにスタンドアップしなければいけない。うつ伏せの状態からトレンディに二足歩行へ移行する。簡単ではない。しかし不可能を可能にするのが僕が格好いい人間たる所以だ。「不」なんて文字、消しゴムか修正ペンを使えば簡単に消せる。じつにあっけないものだ。今年のベストセラーは僕著の『不のない辞書』だオボ!

「どうせまた鏡の前で気持ちわりいことして時間食ったんだろうが。しかも寝坊。馬鹿かお前は。何度目だこの野郎」

友人という名の「不」が僕の背中にどさっと座り込んできて僕は完全に身動きが取れなくなった。何度目かって、今月入って五度目の待ち合わせで五度目の遅刻だ。ちょうど五で因数分解できる。僕らしい美しさに満ちた失態だ。待ち合わせビトの様子に目をやると、これは触れてはいけない類のものだ、と視線をそらす人、わあ面白い、と財布からおひねりをひねり出そうとする人。僕自身が歩くパフォーマンスのような存在だから、そういった反応は当然だ。世の中には美しいものから目をそむけるか、それとも金を払って手に入れようとするか、どちらか二種類の人間しかいない。フッ、と誰にも見えない微笑を浮かべてから、日頃から鍛えた筋肉を駆使して友人の圧力から抜け出す。彼は「おっと」とバランスを崩しかけたが、横に転がった僕にさらなるニー・ドロップを仕掛けるような真似はしなかった。

友人はロックスターを夢見る男である。バンドでの練習がない日でも、いつも黒いギターケースを背負っている。髪は伸びっぱなしでぼさぼさだ。ファッションにも気を使っている様子はない。しわくちゃのシャツにだぶだぶのズボン。ついさっき僕のまぶたに突き刺さったように、爪も切らずに伸ばしている。つまりスマアトでスタイリッシュで格好いい僕とは正反対に位置する人間といえよう。隙あらば煙草に火をつけてぷかぷかふかす。今も一本、口にくわえている。しかし最低限のモラルは持ち合わせているようで、人が多いところや、条例で禁止されている場所では火をつけたりはしない。彼の煙草の銘柄はなんていったっけ。僕は吸わないので、そういった名前には詳しくない。「太く短く、ってのがいいんだよ」と彼がその煙草について語っていたのは覚えている。珍宝と同じだね、と僕が返したら燃やされかけたのも覚えている。無事二足歩行人間となった僕に、彼は煙草をくわえたまま、もごもごした発音で言った。

「お前何丁目に住んでんだっけ」

思わず「ハァ?」と間抜け面をさらしてしまいそうになった。いきなり何事か。会話に文脈がない。待ち合わせに遅れた。まぶた刺された。馬鹿かお前は。何丁目に住んでんだっけ。ハァ? 結局披露してしまう。住んでいるのは四丁目だけれど。丁目。僕の丁目と今の状況と何の関係がある。

「だから何丁目に住んでんだ、って訊いてんだよ」
「それは、あの? うん、四丁目、だけど?」

間抜け面を悟られないよう、首を絶妙な力加減で振り、熟練のウェイターがテーブルクロスをかけた瞬間にファサアとなる、あのさりげない感じで髪を揺らした。彼はそんな僕の一連の動作を見ていなかったようで、やけに大きな咳払いをした。もし見ていたならうっとりするはずである。

「四丁目か。じゃあさお前、百歩譲ってさ、四丁目では一番カッコいい男だとしよう。四丁目ではトップのベイビーだ。でも三丁目に目を向けてみな」

僕は僕が住む街の三丁目があるであろう方向に目を向けてみた。ビルが見えた。

「三丁目にはもっとカッコいいやつがいる。二丁目にだっている。もちろん一丁目にも。んで全国には腐るほどの丁があるんだよ」

腐るほどの丁。それほど長くはないけれども、これまで生きてきた人生で初めて耳にした言葉だ。ア・ロット・オブ・ロトゥン・丁。

「何が言いたいのさ」
「KAWAZU!」

「太く短い」煙草が彼の口からこぼれて落ちた。彼が大きな声を出すのは非常に珍しいことだった。いつもぼそぼそと喋るか煙草をふかしているかどっちかだった。チャリン、と十円玉が地面に跳ねる音がした。見世物じゃない。それくらい僕にはわかる。彼は本気で何かを僕に伝えようとしている。格好いい僕が、なぜ彼のようなだらしのない見た目の男と友達なのか。彼は格好いい僕を遠目から見てうっとりするのではなく、いつもこうして僕に聞こえるように声を投げかけてくれるからなのだ。そんな人は彼以外にはいなかった。
「KAWAZU!」と言ったきり彼は黙ってしまった。くしゃくしゃの髪をさらにぐしゃぐしゃにしながら、胸ポケットから煙草を取り出し、口にくわえて火をつけた。条例なんておかまいなしだ。蛙。僕はうつむいて字面を思い浮かべてみた。格好いい字とは、お世辞にも言えない。僕は蛙なのか。スマアトではないのか。微笑を浮かべようとする。しかし顔がうまく動かない。両手を胸の前でクロスさせようとする。無理だ。身体が固まってしまっている。

「四丁目のベイビー、っていい響きだな」

煙を顔に吹きかけられて、僕はようやく顔をあげることができた。

「お前『四丁目のベイビー』って曲歌えよ。俺が作るから。クネクネしながら踊ってさ」
「クネクネ?」
「いつもやってんだろ、鏡の前で」

こんな感じかしら、と僕は全身鏡の前でつややかな脇毛を見せびらかすときのポオズをとった。彼はブっと吹き出した。

「それだそれ。カッコいいじゃん」
「『三丁目のベイビー』より売れるかな」
「どうだろうな」

彼は携帯灰皿に煙草を捨て、今日の目的地に向かって歩き出した。その長い爪で、どうやってギターを弾くのだろう、と僕は思った。ロックスターに爪の長さなんて関係ないんだよ、と彼は笑うだろうけど。