イグニッション

プラネテス 9 [DVD]
昼ごろに「あ、プラネテス見たいな」と思い立ってDVDを再生し始め――たが最後、ワンスユーポップユーキャントストップ。最終回までぶっとおしで見てしまった。何回このアニメを視聴したのか、もはや覚えていないけれども、それだけの回数見てるくせに、いまだ要所要所でハンカチが必要になる。そうそう、興奮のため隆起する乳首を優しく撫でつけるための木綿のハンカチーフ。違う。もちろん乳首は優しく扱うべきであるが、この場合は頬を拭くためのハンカチーフだ。普通に泣く。別にお涙頂戴な話ではないし、演出もそこまで露骨に視聴者を揺り動かそうとしているわけじゃないし、オープニング・エンディングテーマ共に歌い手の発声の仕方が好みではないのに、気づくと感極まっている。不思議なものだ。「このセリフ回しはあの展開に持っていくために使ってるなあ、強引だなあ」とか心の中で文句をたれているのに、「あの展開」になると涙がスー。乳首を撫でることすら忘れてしまう。呼吸と乳首撫を同頻度で行っている僕にとって、それは本当にすごいことだ。かえすがえす、いいアニメだなあと思う。しかし他人に勧めようとはあまり思わない。なぜなら『プラネテス』は僕のものだからだ。僕のものっつーか僕だ。僕の感性と繋がりすぎている。そんなもん、軽々しく「見てみい」などとは言えない。裸で猛るようなものだ。捕まってしまう。リスクが大きすぎる。だから僕は裸で猛るのだ。プラネテス、見てみい。

ホッターザンジュラーイ

こういう暑い日は江ノ島にでも行って波を捕まえるに限るなどと思い立ち、意気揚々とパンツ一丁でネットサーフィンカッコワライに興じている僕である。何ヶ月ものあいだインターネットの世界から離れていたせいで、驚きのニュースが目白押しだ。僕の愛読書『神聖モテモテ王国』の新装版が発売決定していたり、僕の愛スクービードゥーが新譜を完成させていたり、僕の愛横浜ベイスターズが実力をいかんなく発揮していたり、めくるめくである。存分に浦島太郎気分を味わっている。今日もまた、僕は波に乗っていた。ザバアと押し寄せてくる情報をサパアと華麗に乗りこなし、当代一のネットサーファーここにあり、との評判を確固たるものにしていた。そんな中「ビートルズの作品がデジタル・リマスターされ再発」という文字を見て僕は波から放り出された。溺れた。あがきにあがいてようやく水面に顔を出すと、また「ビートルズの作品がデジタル・リマスターされ再発」という文字が僕を飲み込んだ。ほうほうのていで陸にあがると、今度は尿意がやってきた。あまりのインパクトに膀胱が耐え切れなくなったのだ。プルプール・プルルルと震えながら「いかん、いかん、失禁は禁止」とこらえること数十秒、ようやく落ち着いたかと思うと大便の登場。「小便の言いたかったことは俺が代弁してやろう」。凛とした、便。僕は死を覚悟した。目を閉じ、時の流れに身をまかせた。Bu,Ri。数ミリグラム漏らしたあと、いや便所いけばいいじゃねーかと気づいた。しかし遅かった。僕は三十歳を目前にして、自室で数ミリグラム漏らすという十字架を背負わされてしまったのだった。
いや本当にびっくりしました。もうやんないのかなーと思っていたビートルズのデジタル・リマスターが、いつの間にか発売日まで決定していたのですから。これは買うほかない。前々から「出れば全部まとめ買いする!」と思っていたのですが、こうやって具体的に話が進んでくると、持ち前の貧乏性が顔を覗かせてきます。結局『ラバーソウル』『リボルバー』『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』『マジカル・ミステリー・ツアー』『ホワイト・アルバム』『アビー・ロード』『パスト・マスターズ』(「Rain」が入ってるほう)を買うだけにとどま……おい七枚もあるじゃねーか。絞りに絞ったつもりなのに。アルバムそれぞれの値段はどうせ弱ボッタクリ価格でしょうし、散財を避けることは不可能であるっぽいですね。なんにせよ楽しみです。数年前に発売された『LOVE』というビートルズのコラージュ・アルバム並みの音質になっていれば何の文句もないので、早く聴きたい。
http://www.emimusic.jp/beatles/top.php

2008年をふりかえる

レミオロメンの力によって桜が開花した今日この頃、皆様はいかがお過ごしであろうか。僕といえば、えー、いかがお過ごしなのであろうか。わからない。僕とはいったい何者なのだ? まあ、生きてはいる。ノートパソコンが破竹の勢いでぶっ壊れてからというもの、インターネットの世界からは離れすぎてしまった。結果、ミドルネームが「インターネット」であるほどのインターネット・チルドレンの僕は、自分というものがいまいち把握できなくなってしまったのだ。ああ、ノートパソコン。なぜ君は僕をインターネットから遠ざけようとした。なぜ起動後一分で勝手に電源をオフにした。僕は真っ青の画面の前で真っ青の顔面だった。しかし君が四回目に電源をオフったとき、気づいた。「あなたはこんなところでくすぶっていてもいい人じゃない。大海に裸で飛び込むべきなのよ」。そう彼女は――聖書においてノートパソコンは女性名詞として扱われているので、それにならって“彼女”と表記する――伝えようとしているのだと。僕は家を飛び出して世界を駆け巡った。主に自宅から三キロ圏内のラーメン屋を駆け巡った。お気に入りの店を三軒見つけた。「サービスです」っつって食後にリンゴを出してくれる店が特に好きになった。でも家に戻ると、やはり、僕は一人だった。ノー子、君がいれば、S玉県K谷市ラーメンブログを開設できるのに。お気に入りの三軒を延々とループで更新する画期的なブログができあがるのに。試しに君を起動してみた。君はすぐに真っ青な画面を僕に見せた。……わかった。わかったよ。僕は、君から、卒業する。デスクトップPCを買いました。

さて、

去年も色々ありました。すこぶるインドア派な僕が、2008年を様々な分野からふりかえってみましょう。

2008年・ゲーム・オブ・ザ・イヤー

スケート - Xbox360
人は生きているうちに三本のかけがえのないゲームと出会う。そう言ったのは誰だったか、無学のため忘れてしまいましたが、この『skate.』というゲームは、僕にとってまさにかけがえのないゲームとなりました。スケートボードというと、なんか駅前とかでバカがカーシャーやってて、あぶねえなぶつかるだろくそが、と思う程度の認識(ひどい)だったのですが、なぜ興味を持ったのでしょう。覚えてない。なぜか興味を持って、体験版を落として、速攻で予約して、それから発売日までずぅっと体験版をプレイしていたことだけは覚えています。たとえばアナログスティックを下→上と操作するとピョンと飛びます。わかりやすい。そんで手すりに向かってピョンと飛ぶとキィィといい音しながら手すりの上を滑れるんです。単純、でも気持ちいい。色々な場所を滑りたくなってしまう。スポーツをやっている気にさせられてしまう。そんなゲームは初めてでした。道を歩いてると「あのベンチ、いい感じに滑れそうだな」とか思ってしまう“スケート病”を発症してしまうほど。ボード買っちゃおうかしら。
去年はこの『skate.』以外にも面白いゲームが大量にでまして、大変な一年でした。核戦争後の荒廃した世界で「新鮮な肉だァー」とか言いながら襲ってくる人と戯れる『Fallout3』だとか、僕の中で『ウイニングイレブン』を過去のものにしてしまったサッカーゲーム『FIFA09』だとか、僕の中で『テトリス』をいらんもんにしてしまったパズルゲーム『ルミネスLive!』だとか、シューティングゲームが苦手な僕を夢中にさせた『斑鳩』などなど。基本的にXBOX360のゲームしかやらない僕ですら「時間が足りないよう」と嘆くほどですから(『skate.』以外はあんまりやり込めていません)、DSやWiiPS3を持っている人はもっと忙しかったでしょうね。今年はもはや新作ゲーム出なくていいです、ってな勢いです。今は『skate.』の続編『skate2』に、やっぱりどっぷりハマっています。

2008年・漫画・オブ・ザ・イヤー

ひなちゃんの日常 (1) 
コンビニで深夜にアルバイトしていると、次々と朝刊が配達されてきます。ニュースとかなんとなく気になって、商品ラックに入れる前にちらりと見出しを見たりするのですが、この『ひなちゃんの日常』は、そんな折に目に入ってくる産経新聞の一面に載っている漫画です。内容はなんてことない、新聞漫画らしいほのぼのとした雰囲気で、なんとなーく読んでしまっていて、それが何日も何ヶ月も続いてようやく、「あれ、これ実はめっさおもしろくね」と思った次第であります。ただのほのぼの漫画なら読むのを忘れてしまう日もありますものね。面白いのは確かなのですが、ただのほのぼのと何が違うのか、と問われると、うーむと唸ってしまう。このあたり僕が異常にオススメする四コマ漫画らいか・デイズ』と似たところがあります。全人類読むべき! とは思いませんが、まあ、面白いですよ、ってな感じ。面白いというか、「いい」。いい漫画。全人類読むべき。

2008年・楽曲・オブ・ザ・イヤー

パラサイティック・ガール
今年はほとんど新譜に手を出しませんでした。というのも、時間があればゲームをやっていたので音楽に傾ける情熱が余っていなかったのです。でありますから、「アルバム・オブ・ザ・イヤー」を選出できるほどアルバムを聴いていません。しかし、「これは僕の人生において大事な曲になるな」と思った曲はあります。スクービードゥーのアルバム『パラサイティック・ガール』に収録されている「真夜中のダンスホール」がそうです。彼らによって僕はソウルやファンクといったジャンルの音楽に目覚めましたが、最近のスクービードゥーは「ロックとファンクの最高沸点」をテーマとして前面に押し出していて、それが僕には少しロック寄りすぎるのではないかなあと思えてしまい、相変わらず曲はいいし、演奏も最高なのだけど、少しだけ残念な気持ちがありました。もっとダンスホールで横ノリなって踊れる曲が聴きたい、と思っていたところに曲名からして直球な「真夜中のダンスホール」。イントロのギターとドラムの軽快なかけあい、スクービー節とも言える裏声でのコーラス、動きすぎないけど動くベースライン、ファンキーでありつつどこか切なさも感じさせるギターのリフ。タイトルだけじゃなくて曲自体も直球でした。この曲を新年最初のライブ「カウントダウンジャパン」で一発目に聴けたのは嬉しいというほかない。そら踊るわ。「踊り疲れて酒を飲んで / さらに飲んで再び踊って / 1000小節目の真ん中へんで / 見たこともない人に出会う」という歌詞もグッド。今年もライブいくぞう。

2008年・ピロウズ・オブ・ザ・イヤー

PIED PIPER(初回限定盤)(DVD付)
これでもかというくらいピロウズから離れていた去年。結局一度もライブ行ってません。はてなダイアリーの更新もせず、アルバムの感想を待っていてくださった方々には申し訳ありませんでした。でもちゃんと『PIED PIPER』聴きました。まあ、「これは更新せねばなるまい!」ってなるほどのアルバムではなかったのですが(怒らないでー)、ちらほらと良い曲はありました。中でも「POISON ROCK'N ROLL」という、タイトルだけ見れば地雷もいいところの曲が妙に気に入っています。英語曲なうえに歌詞カードも見てないので何を歌っているのかさっぱ把握してないのですけど、それがかえってよかったのかもしれない。変にバイアスをかけず、素直にバンドサウンドにノれる。「NEW ANIMAL」も曲はいいんですけど、こっちは日本語詞で嫌でも耳に歌詞が入ってくるのであんまり夢中になれませんでした。今年は結成二十周年らしいですね。ほんと長いなあピロウズは。

てな

感じの2008年でした。今年も面白いゲーム、面白い漫画、良い音楽に出会いたいものです。これからは極力更新していきますのでよろしくお願いいたします。あけましておめでとうございました。

Kouin is an arrow no gotoshi.

毎日日記を更新することにも疲れてきた。おそらく読者諸兄は「数ヶ月ぶりに登場して最初にほざく言語がそれか」とお怒りであろう。それは仕方がない。貴公群(あなたたち、の意)にはまったく見えていなかったに違いあるまいが、僕は七月からこのかた、文字通り目にも止まらぬ光の速さでこの「冷蔵庫のない生活」を更新してきた。キーボードを叩く指の動きがすばやすぎて、Enterキーが吹っ飛んだのはもちろんのこと、僕のfingerもボロボロである。更新ボタンに対してのマウスクリックなぞはまさに驚天動地のスピード、そりゃもうあなた、僕のせいでSPEEDも再始動いたしますわな。自身のPCもからだも破壊するほどのすさまじい更新活動に、はてなダイアリーが驚いてしまうのも無理はない。一秒間に地球を七週半するほどの左クリックに、どのダイアリーが対応できるというのか。対応できたとしたらそんなダイアリーは最早ダイアリーでなく、兵器だ。……しかし結果的にネットにアップされない日記に、何の意味があろうか。僕の数ヶ月間か無駄になってはいまいか。僕は頭を光速回転させて考えた。一秒間に地球を七週半するほどのシナプスニューロンであった。そして僕は結論した。普通に日記を更新しよう、と。
このあいださんまを食べました。とても美味しゅうございました。

更新報告

http://www.h6.dion.ne.jp/~ninny/
一年ぶりの更新をしたのですが、ホームページ・ビルダーの使い方をすっかり忘れていました。使い方というか、僕なりのやり方というか。はて、前回更新分はどこへコピーしたらよいのであろうか。二軍キャンプ? などの自問自答を繰り返してなんとか無事に新しい小品をアップロードすることができました。電子の神様ありがとうございます。僕は生きています。いきいきと生きています。一年ぶりのクーラーが放つあのにおいが嫌で、扇風機をまわして暑さに耐えています。ピロプレも「あのにおい」を放ってしまいそうなほどにほったらかしにされていましたが、やめたわけでは決してございませんので、これからもスーパーウルトラデラックス気長に更新を待っていただけるとうれしいです。地道にがんばります。頂いたメール、もう送ったご本人も忘れてしまってそうな昔のものなのでレスは控えますが、きちんと読み、励みにさせていただいております。ありがとうございます。

夏の子どもはみなわらう


 夏を返り討ちにする。最高気温が35度を超えて真夏日になると気象予報士によって宣言された今日、僕は決意した。「アチー」だの「ダリー」だの「ヒトナツノセツナイオモイデウィズマイダーリン」だの、夏ごときに振り回される人間が多すぎる。なぜこうなってしまったのか。夏がそんなに特別か。ただ気温があがって世の女性が薄着になってブラ・ジャーの紐が淡く透けて見えて僕の珍宝がしばしば肥大硬化するだけの季節ではないか。恥ずかしくないのか。夏のあの顔を見よ。さあ夏様が貴様ら愚民のために来てやったぞ、さあ騒げ、遊べ、嬉しいんだろ、さあ、さあ。そんなふうに我々人間をあざけっている。笑っている。日本列島を覆う晴れマークがにやにやしている。腹が立たないか。僕は心の底から腹が立つ。珍宝も立つ。我慢ならない。だから僕は決めたのだ。夏を倒す、と。


 さて、あやつを完膚なきまで叩きのめすにはどうすればいいか。腕を組み、うーむと考えようとしてはたと気づいた。軟弱者は「夏」と聞けばすぐさま計画を立てようとする。あれやこれやと夏に関連するイベントを紙に書き出したりして、ああんもぉう、なつやすみみじかすぎてなぁんもできなぁいshitぉ、などと楽しそうに顔面の筋肉を緩ませる。シットなのはこっちのほうだ。夏休みのドリルを破り捨てモノホンのドリルを手にし海の家という家をがれきの山にするくらいの気概をもつ人間はいないのか。夏の象徴であるラジオ体操を根本から作曲し直してラジオ体操ソサエティを震撼させるくらいの野心を抱くものはいないのか。背すじを伸ばして屁こきの運動くらいしてみやがれ。我々はママンという名のパナマ運河を経て人生という名の大海原へ飛び出した、生まれながらの一級航海士なのだ。夏の化身とも言える海を知りつくしている。海なにするものぞ! 僕らは――――


 何の話だったか。そうだ、計画だ。そんなもの僕は立てない。立つのは腹と珍宝だけでじゅうぶんだ。ノー・プラン。夏が何を仕掛けてこようと、そのつど臨機応変に美しく返り討ちにしてくれる。


 しかしこうして家の中で待っていては夏もやりにくかろう。正々堂々相手をしてやろうじゃないか。僕はサンダルをつっかけ外に出た。4.5歩ほどすすんだところで「SANDARU!」と叫んだ。日本語に訳すと「サンダル!」と叫んだ。実際の発音は「サンドゥー」に近いものであったがそれはそうとして叫んだ。サンダル。夏の権化。即座に玄関へ戻り革のブーツに履き替える。危ない。夏の攻撃はもう始まっている。一瞬の油断も許されない。頬をつたう冷や汗を僕はTシャツの袖でぬぐった。そして「TEESYATU!」とうめいた。Tシャツ。夏の下僕。ブーツのまま部屋へあがりクローゼットからPコートを取り出す。聞きしに勝る連続攻撃だ。人類が使役されるのもうなずける。


 Pコートをはおり、ボタンをとめ、カシミヤのマフラーを巻き、念のため毛糸の手袋をはめる。生身のままで夏に挑むのは危険だ。奴は強い。認めざるをえない。この格好でもまだ不安だ。ふわふわしたうさぎの毛があたたかな耳あてはどこだったか。そもそもそんなもの買った覚えがない。ええい、どうした僕、さっきまでの威勢はどこへいった。夏なんて分解してみれば「一」に「自」に「もにょっとしたなにか」だ。恐れるな。飛び出せ!


「おはよう、ってなにそのかっこ」


 僕は固まった。このやわらかな声の主はアパートのお隣さんである。ちょうど家を出るところだったらしい。二回言うが僕は固まった。それもそのはずだ、彼女はうすい水色のキャミソールに身を包んでいたからだ。三回目になっても仕方がないが僕は固まった。ただでさえ魅力的な白く細い腕が夏の光につつまれて、女性の体温を身近に感じさせた。とにかく僕は固まった。正確に言えば僕の珍宝が固まった。


「ガマン大会? こんな暑い日によくやるね。おっかしい」


 そうさこれから熱々の鍋焼きうどんを買ってサウナん中でそれを手づかみで食らったり頭からかぶってやったりするのさ寒くて凍えそうなんでね、と言おうとしたが舌は回らずにマ、マアネなどと不安定な日本語を発してしまう。僕はこの人が苦手だ。顔を見ると必ず珍宝を始めとして身体が固まってしまうし、うまくしゃべることもできなくなってしまう。ナ、ナナナツクォさんは。彼女の名前をまともに呼ぶことすらままならない。


「あたし? 友達に誘われてこれから海に行くの。いっぱい焼いてくるつもり。ある意味ガマン大会だね。負けないぞ」


 彼女は笑った。一流の写真家でも、名のある画家でも、世界的な映画監督でさえも捉えられない瞬間だった。僕は浴びた。彼女の笑顔を全身に浴びた。草原が見えた。ピンク色の花とか、黄色の花とか、すみれ色の花とか、すみれ色の花ってそりゃすみれだ、とにかく数え切れないほどの、小さく、あたたかな色を宿した花が咲き乱れる草原に僕はいた。彼女は手を振っていた。僕に向かってかどうかはわからない。しかし僕は手を振り返した。おうい、すみれ色のすみれが咲いてるぞ、こっちにおいでよ、と声をかけた。草花が風に揺れる中で僕はサンダルをはき、Tシャツを着ていた。かまわないと思った。夏よ、君は強い。「一」と「自」と「もにょっとしたなにか」などとあなどっていた僕の完敗だ。曖昧じゃ駄目なのだ。はっきりさせる必要がある。「もにょっとしたなにか」が何なのか、僕にはまだわからない。でも掴みかけているような予感はある。それをこの手にしっかりと握りしめることができたとき、お前に今度こそ勝てる気がするんだ。だからもうちょっとだけ待ってほしい。夏よ、もう少しだけ。

勝ったな

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 特装版 [DVD]


DVDの到着を知らせるドアチャイムが鳴り響く。部屋の片付けをしている最中なのにも関わらず掃除機を放り投げ、掃除機と壁とが接触する木造建築特有の煮え切らない音に少しだけ驚き、しかしひるまず駆け出し、ペリカン便のおじ様に「暑かったでしょう、おつかれさまです」などとのたまい、言った直後そういや別に気温が高いわけでもないなと思い、暑いのはこのハアトだ、心だ、心の、あサインですねすいませんはいおつかれさまでした心の臓だ。心臓が熱いのだ。この日を待っていたのだ。

エヴァンゲリオン新劇場版・序を見た。ヱだかヲだか知らないが見た。

今さら何を書いたって「オックレテルゥー」の一言で済まされてしまうし、自分の感じたことを日本語にするのは(今日の場合は)ちくと難しいので僕は黙っておく。ただスッポルゲヒンガーソワカ面白かった(すごうく面白かったの意)。Amazonでついクリックしたときは「エヴァのDVD買うとかアホか俺wwww」と自嘲すらしたものだが今となっては当時の自分をスッポルゲヒンガーダイダラボッチ見下せる(すごうく見下せるの意)。こんなものレンタルで済ませてたまるか。所有だ。所有するほかない。所有しなきゃ始まらない。

コンテというのか構図というのか門外漢の僕にはよくわからないのだけれど、画面構成考えた人が極まりすぎている。まるで僕の嗜好を知り尽くしているかのようだ。全部庵野さんがやっているなら変態すぎるけどさすがに違うだろう。だってそんな変態この世に存在していいはずがない。スッポルゲヒンガーバランガバランガ級かっこいい絵が畳みに畳みに畳みかけてくる。落ち着く暇がない。動画ではなく静止画でどんぶり飯が何杯も食えてしまうくらいだ。新作カットも素晴らしくキマっていた。興奮だ。画面をみてとにかく興奮した。動悸を抑えようと三回ほど煙草に火をつけてみたのだが、その全てが大して吸われることなく根元まで燃え尽きたことからも、僕の舞い上がりっぷりがうかがえる。

ああ、前言撤回してこの思いを皆さんにぶっかけたい。

水晶みたいな使徒が――名前覚えてない――……ああ、やめだ、やめだ。この映画を見た人にとっては「今さら」であり、見てない人は「今から」なのだ。見るしかない。見る以外の選択肢はないのだ。そして僕はまたDVDの再生ボタンを押す。こうするしかないんだ。